知る・学ぶ/コラムiichikoはなぜ駅に40年間もポスターを出し続けるのか?

駅広告

2024.07.08

OOHは空間を活用する媒体であることから、クリエイティブとメディアの掛け算で駅をギャラリーのように変えてしまうこともできます。本格麦焼酎ブランド「iichiko」を展開する三和酒類は、1984年から40年間、今も継続して東京メトロをはじめとした駅にポスター広告を出し続けています。 なぜそれほど長い期間にわたって駅のポスター広告を続けているのでしょうか?実際に広告主の視点からお話を伺いし、OOHの可能性と課題について深掘りしてみました。

東京メトロ駅構内に掲出された「iichiko」のポスター

40年続く駅ポスターの秘密

iichikoのポスターは、1984年の開始当初、「40代年収600万円以上の日経新聞愛読者」をターゲットペルソナとして設定していました。しかし、開始から2〜3年後には高校生など将来の顧客層にもファンが広がり始めました。

1984年当時の「iichiko」ポスター

1984年当時の「iichiko」ポスター

三和酒類の広告・宣伝担当者は、ポスターの狙いについて次のように語ります。

「ポスターは単に知名度向上だけでなく、ブランドイメージの形成に大きく貢献しています。通勤通学で毎日複数回繰り返し接触する媒体であるからこそ、生活に溶け込みながら長年のブランドイメージを作ることができます。そのため1年を通して毎月展開することで、生活シーンに寄り添う広告を目指しています。駅での移動は日々の生活の中で欠かせない時間なので、その中で毎月違った広告ビジュアルを見せることで、飽きずに長期的にブランドイメージを形成できると考えています。」

ポスターは、毎月1枚+クリスマス特別仕様の計13枚が1年間で切り替わる。写真は昨年のクリスマスバージョンのポスター。

ポスターは、毎月1枚+クリスマス特別仕様の計13枚が1年間で切り替わる。写真は昨年のクリスマスバージョンのポスター。

「心の原風景」を感じるビジュアル

iichikoのポスターのビジュアルには、どこか懐かしさを感じられる情景ともいえる写真が使用されています。しかし、それは具体的な地名が想起されるような観光地的な写真ではありません。ポスター制作を手がける日本ベリエールアートセンターの担当者は、ビジュアルについてこう説明します。

「iichikoのポスターに使われる写真は、見る人の心の中にある、日本の原風景を探して世界中で撮影しています。誰もが子供の頃に見た風景や、心の奥底に眠る懐かしい記憶を呼び覚ますことで、より多くの人の心に響くビジュアルになると考えています。そのため、ロケーション選びには特にこだわっています。」

実はこの日本ベリエールアートセンターと東京メトロとの縁は、同社創業者であり、現在もアートディレクターを務める河北秀也氏が藝大の卒業制作で作った「地下鉄路線図」が、当時の営団地下鉄に正式に採用されたことに由来するそうです。

当時の営団地下鉄の公式路線図に採用された河北秀也氏の「地下鉄路線図」

当時の営団地下鉄の公式路線図に採用された河北秀也氏の「地下鉄路線図」

人工的な地下空間に安らぎを

iichikoのポスターは、地下鉄の駅構内の人工的な空間に、ほっと一息つける自然な広告として存在しています。

三和酒類 広告・宣伝担当者はこう語ります。

「地下鉄の駅構内は人工的な空間ですが、そこにiichikoのポスターが掲出されることで、ほっと一息つけるような安らぎを提供できていると考えています。通勤ラッシュで疲れた人、社会に揉まれながら日々頑張る人、それぞれが少しでも癒やされるような空間を提供したいと考えています。慌ただしい日常の中で、ふと目に留まったポスターがきっかけで、一瞬でも心が和むような、そんな広告を目指しているのです。」

人々が行き交う地下鉄構内で、思わず目に留まり心が動かされる。

人々が行き交う地下鉄構内で、思わず目に留まり心が動かされる。

駅ポスターの効果は、実際にiichikoの広告を見た人からのSNSでの投稿や直接の問い合わせなど、大きな反響にも表れているそうです。

高い知名度とブランドイメージを実現

長年の積み重ねにより、iichikoの商品知名度は焼酎カテゴリーの中で2位を大きく引き離してダントツの1位となっています。他社があまり行っていない施策を継続することで、独自のブランドイメージを確立していると言えます。

「iichikoの知名度は焼酎カテゴリーでナンバーワンですが、それだけでなく、飲んだことがない人も含めた幅広い層にブランドを認知してもらえています。これは長年のポスター広告の成果だと考えています。ポスターを見続けることで、飲んだことがない人にも、iichikoはいつか飲んでみたいお酒だというイメージが定着していると言えます。若い世代にリーチできているのも大きな強みだと感じています。」

個人的に特に印象的だった今年2月のポスター。様々な経験を経て、今の世代の人に語り掛けてくるような年老いた船の情景が浮かぶ。

個人的に特に印象的だった今年2月のポスター。様々な経験を経て、今の世代の人に語り掛けてくるような年老いた船の情景が浮かぶ。

OOHの可能性と課題とは?

最後に、三和酒類 広告・宣伝担当者は、OOHの可能性について次のように語ります。

「OOHは、若い層から40代以上のコアなユーザーまで幅広くリーチできるメディアです。電車内広告や駅ポスターは、利用者の属性を問わず、あらゆる層に届けられるのが強みです。また、お酒のような嗜好性の高い商品では、好かれることと同時に嫌われないことが重要です。OOHは視界を強制的に妨げることが多いWeb広告と比べても、自然な広告接触が可能なメディアです。ユーザーを不快にさせず、ブランドへのポジティブなイメージを築くことができると考えています。」

一方で、OOHの課題については以下のように指摘しています。

「OOHは他媒体のような効果検証がしづらいという課題があります。デジタル化が進む中で、いかに広告効果を可視化していくかが今後の課題だと認識しています。ポスターの内容を見た人が実際に購買行動につながったのか、ブランドイメージがどう変化したのかなど、定量的な測定が難しいのが現状です。ただ、長年の経験則とデータの蓄積により、一定の効果は実感できていますし、デジタル技術の活用などで課題の解決に取り組んでいきたいと考えています。」

ポスターの基本的なトーン&マナーは変わらず、毎月駅の中で新鮮だけどどこか懐かしい気持ちにさせてもらえる。

ポスターの基本的なトーン&マナーは変わらず、毎月駅の中で新鮮だけどどこか懐かしい気持ちにさせてもらえる。

伝統的なアナログ媒体の強みを生かしつつ、デジタル技術も取り入れながらのさらなる進化が望まれるOOH。一方で、もはや駅を構成するひとつの風景として長年定着している「iichikoのポスター」。

これから、メディアとクリエイティブのどんな掛け合わせが見られるのか益々楽しみでなりません。

このコラムの著者

リテール&メディア事業開発 メディアプロデューサー unerry 平井健一郎

ひらい・けんいちろう/2023年6月unerry入社。広告代理店でOOH(交通広告・屋外広告)の企画営業や新規事業開発などを経験後、JR東日本グループにて鉄道関連事業やOOHビジネスのDX推進に従事。unerryではメディア領域の事業開発を担当。自身の運営する「Oh!OOH!!」やマーケティング専門誌「販促会議」にて街ナカメディアの活用事例を発信中。

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