知る・学ぶ/コラム『M-1グランプリ』はなぜ、毎年OOHに力を注ぐのか
駅広告
2024.04.02
毎年年末の風物詩となっている番組『M-1グランプリ』(朝日放送テレビ)。本編はもちろんのこと、ここ数年は、12月上旬から徐々に公開されるOOHも注目の的となっている。なぜ、『M-1』はOOHを出し続けているのか。2023年12月に実施されて話題となった「#どういうわけか日本一M1見られている青森県」の裏側にも迫った。
参加性を高める、OOHという媒体
「ここ数年間で恒例化してきた『M-1』のプロモーションとしては、皮切りとして公開する大会メインビジュアル、出場者たちの熱き戦いの裏側に迫った4分間のPV、都営大江戸線六本木駅(東京)での広告ジャック、阪急大阪梅田駅・阪神大阪梅田駅でのOOHなどがあります。それらのメインの施策のほかに、毎年チャレンジ枠として新たな施策を2、3実施させてもらっています」と話すのは、2018年から『M-1』のプロモーションを担当している、電通のクリエイティブディレクター有元沙矢香さん。自身も関西出身で、生粋のお笑い好きだ。『M-1』の宣伝を担当する朝日放送テレビPRプランニング部の衣川淳子さんは有元さんを「やりたいことを言えば100倍にも1000倍にも良くして実現してくれる、身内のような存在」だと話す。
2022年の『M-1』の際は、メインのOOHのほかに、Osaka Metro 御堂筋線での広告ジャック「M-1感謝列車」、前年王者の錦鯉を鯉のぼりにして朝日放送テレビの本社に設置した「錦鯉のぼり」、雅紀さん(錦鯉)の故郷である札幌に掲出した「ライフ イズ ビューティフル」(錦鯉M-1優勝時のネタ)のポスターなどを展開していた。
OOHについて、実際例年どのくらい注力をしているかを聞くと、「宣伝費のうちOOHは3割ほど、でも私たちの力のかけ方は全体の9割ほど(笑)」と口を揃える。もちろん、ほかを疎かにしているわけではなく「毎年恒例の企画は、ある程度決まっている部分が多いのですが、チャレンジ枠の企画は、前年王者や大会のニュースに合わせて企画し、予算もあまりかけられないので、実施には試行錯誤が必要で労力がかかるんです」と有元さん。しかしなぜ、M-1はOOHに力を入れるのか。「今時皆スマホしか見ていないだろう、という想いもあるんですが、でもM-1だからこそファンの方々が振り向いてくれる可能性もあるなと思っていて。そのためにインパクト大のものを出したいし、それで遊んでもらいたいという気持ちがありますね」と衣川さん。
有元さんもこう続ける。「限られた予算でOOHの効果を最大化するには、ファンの皆さんの力は必須です。M-1と出場する漫才師さんにはすでに熱いファンの方々がいらっしゃるので、どういう企画にすると、どうSNSに投稿してくれるだろう、と想像しながら企画を詰め、媒体を選びます。ユーザーの方の投稿文ひとつでも拡散の仕方が変わっていくので、もはや大喜利ですよね。そういう点で、OOHはメディアの中でもかなり参加性が高いものだと思うんです。OOHを通じて世の中の皆さんと『M-1』本番への期待感と盛り上がりを一緒に醸成していきたいと思っています」。
『M-1 グランプリ 2023』のメインビジュアル。12月18日から都営地下鉄大江戸線六本木駅に掲出。
「なんで青森?」を企画のフックに
そして『M-1 グランプリ 2023』に向けては、毎年恒例の施策のほかに、チャレンジ枠として「#どういうわけか日本一M1見られている青森県」を実施した。これは青森県内の12カ所にポスター広告を展開し、その位置を地図上で繋ぐと「M-1」の文字が浮かび上がるという企画だ。その発端を、有元さんはこう説明する。「企画を考えていたタイミングで、『M-1 グランプリ 2022』の世帯視聴率はなぜか全国で青森地区が一番高かったと知りました。私は関西出身で『M-1は関西のもんや!』くらいの気持ちでいたので、青森が1位と聞いて悔しくすらあって(笑)。でもM-1のファンの方々がこれを聞いたら、同じように“なんで青森?”と気になりフックになると思ったんです。すぐに会社の近くの席にいる嶋野(裕介)さんに、何か青森でできないかと話を持ちかけました」。
話を聞いた、青森好きで青森県のプロモーションも手がける嶋野さん(電通 クリエイティブディレクター)は、青森県に住む電通東日本の布川真太郎さん、成田眞太郎さんら“青森精鋭チーム”を招集。企画は「話題になるOOHの2つの要素」を組み合わせて考えていった。「まずクリエイティブは、方言を用いることにしました。過去にいくつも名作広告が存在する鉄板の手法ですが、やはり地域の方々に喜んでいただけますし、話題になりやすいので。もうひとつ、媒体については、ファンがいるコンテンツで話題になりやすい、掲出位置にメッセージ性を持たせる手法を選択。これらを組み合わせてご提案しました」(嶋野さん)。
青森県内の掲出場所を繋ぐと「M-1」の文字に。
まずは青森の「媒体開発」が必要だった
企画は通り、布川さんと成田さんが形にしていった。「最もハードルの高い企画に決まってしまったか……と頭を抱えました(笑)。最初に青森県の地図上に『M-1』と字を描いたんですが、Mの字の先が白神山地に入っちゃったり、なかなか成立しない。その中でも、どうにか文字が成り立ちそうで、掲出できそうな場所を探していきました」(布川さん)。
さらにハードルとなったのが、そもそも県内に駅が少なく、媒体枠自体が少ないという事実。最終的に掲出した12の媒体のうち、既存の媒体は三戸駅のみ。残る11媒体は掲出できる場所を開発するところから着手する必要があった。「津軽ダム、八甲田国際スキー場など、一つひとつ交渉し、現地に行って貼って回りました。その中に1カ所、どうしても連絡が取れないところがあり……管理者の方のSNSに『突然すみませんが……』と連絡をし、許諾をいただいたりしました(笑)」(成田さん)。
一方ポスターのクリエイティブは、M-1の過去の優勝者の決め台詞を選出し、それを青森出身の成田さんを中心に、方言に訳していった。実はここでも難しいポイントが。「県内でも、今回の掲出エリアは津軽弁と南部弁を使う地域で2つに分かれていて、それぞれ微妙にニュアンスが異なるんです。ポスターでもその掲出場所で使われている方言を使う方が良いと考え、青森朝日放送の八戸支社の方にも言い方を確認しながら進めていきました」と成田さん。
掲出したビジュアル。過去のM-1王者の漫才の決め台詞を、津軽弁と南部弁にして記載。掲出された場所は左上から、「海の家わんど」「中三 弘前店」「青森県観光物産館アスパム」「八甲田国際スキー場」「お土産とお食事の店もりた」「六ケ所村特産品販売所 六旬館」。
OOHならではのターゲティング
どうにか掲出にこぎつけ、12月19日には公式SNSで、実際の掲出写真や地図上に「M-1」の文字が描かれた画像と共に投稿をした。取り組みはSNSだけでなく、河北新報などの地元のメディアでも取り上げられた。「一般の方の反応の中に、『地方都市はなかなか広告が掲出されないけど、M-1の広告を呼ぶにはうちの県が視聴率一位になればいいのか!』とつぶやいてくださった方がいて、思わずいいね!しそうになりました。やはり特定の地域に集中して出すと、通常と異なる届き方や広がりがあって面白いですね」と有元さん。
さらに数年間、M-1のプロモーションでOOHを活用してきて得た気付きを次のように話す。「もうひとつ、OOHの特性として面白いなと思っているのが、場所とモーメントでターゲットを限定しやすいこと。たとえばクリスマスの六本木には、イルミネーションを見に来る人が多いので、2023年の『M-1』のメインOOHのように、そういうムードを前提にコピーが書けます。また関西であれば皆共通してわかるお決まりのネタがあったりもする。ターゲットを尖らせたクリエイティブであればあるほど、SNSでそれが武器となって拡散されていく、と。次回も世の中の反応とつくり上げるOOHが楽しみです」(有元さん)。
クリスマスには都営地下鉄大江戸線六本木駅に『M-1グランプリ2022』の王者ウエストランドが登場。六本木周辺を訪れた人々に向けて毒舌でメッセージ。
※本記事は月刊『ブレーン』2024年3月号に掲載されたものです。