事例コラム なぜ読売新聞は駅ポスターを選んだのか?大学生との共創で見えた交通広告の可能性

駅広告

2026.06.01

「若者の新聞離れ」は、メディア業界が長年向き合い続けてきた課題です。情報源がSNSやWebニュースへとシフトするなかで、新聞というメディアは、その価値をどう若年層に届けていくのか。今回、読売新聞社が選んだのは、広告のターゲットである若者自身に広告をつくってもらうというアプローチでした。 2026年3月23日から31日にかけて、JR高田馬場駅・東京メトロ高田馬場駅・東京メトロ早稲田駅の3駅に、B0サイズの駅ポスターが掲出されました。手掛けたのは、早稲田大学広告研究会の有志メンバー。大学生による約2か月間の新聞体験と、早稲田祭での仮説検証を経て「今日起きたことも知らないやつが、未来を創れるわけがない。」「紙にするって、覚悟がいる。」という2篇のコピーがつくられました。 今回は、本プロジェクトを推進した読売新聞東京本社ブランド企画部の小谷昌宏氏にお話を伺い、共創プロセスの背景と、発表の場として駅ポスターというメディアが選ばれた理由に迫ります。

10年以上向き合ってきた、若者の新聞離れ

 読売新聞東京本社のブランド企画部は、一般の会社でいう宣伝部にあたる部署です。読売新聞、読売KODOMO新聞、読売中高生新聞、英字紙「THE JAPAN NEWS」など自社媒体や、各種事業のPRを担っています。

 小谷氏によれば、若年層、とくに大学生に新聞をどう届けるかについては、社の課題として、すでに10年以上前から認識されてきたそうです。
 現場の危機感も小さくありません。以前は就活の際に新聞を購読しているというのが半ば当たり前でしたが、最近では新卒の採用試験を受ける学生のなかにも、新聞を購読していない人が珍しくないといいます。

 このため、ブランド企画部は、既存の読者層だけでなく、「次世代対策」として未来の読者である若年層との接点づくりに力を入れてきました。
 様々なPR施策を検討する中で、「大学生はSNS中心で、新聞からは離れつつある」という仮説が正しいかどうか、まずは大学生の本音を知りたいという問題意識が浮かび、今回のプロジェクトの起点になったそうです。

なぜ早稲田大学広告研究会だったのか?

 パートナーには早稲田大学広告研究会が選ばれました。両者には2021年からの接点があります。当時、広告研究会から「大学生が読売新聞を生活の中に取り入れたくなるようなグラフィック広告を作りたい」という自主提案があり、その最優秀作品を大学向けなどに配布する新聞別刷りに掲載したことがあったそうです。この時はマス媒体への展開はしませんでしたが、今回は、その縁が再び動いた形となります。

 大学生といっても、メディアへの距離感は人それぞれ異なります。新聞は読まなくても、Webメディアやテレビには接している層もいます。そこで、「メディアそのものに親近感を持っている学生」という条件から、広告研究会という選定軸が浮上しました。

 メンバーは同研究会の有志学生5名。読売新聞側と学生側は、2025年夏から12月にかけて毎週1回・1時間のミーティングを重ね、半年強をかけて制作を進めました。学生に委ねる部分と、読売新聞側が伴走する部分は、意識的に切り分けられました。

「ニュースを見ない」というショック

 プロジェクトの実質的な起点は、学生メンバー自身が約2か月にわたり、毎日、新聞を読み続ける「新聞購読体験」でした。そのうえで学生側が仮説を立て、早稲田祭のトークイベントで検証を行いました。来場者へのアンケートは600名以上から回答を得ており、サンプル数としても一定の重みを持ちます。

 仮説のひとつは「新聞は信頼できるメディアだ」というものでした。アンケートでは「新聞のイメージは?」という問いに5割を超える回答者が「信頼できる」を選び、仮説とほぼ合致しました。

 プロジェクトのメンバーが驚かされたのは、別の質問の結果です。「情報の入手経路は?」という問いに最も多かった回答は、SNSでもWebニュースでもなく「ニュースを見ない」だったそうです。当初SNSやWebがトップに来ると見込まれていましたが、それすらを超えて「見ない」が首位を占めました。ニュースという情報コンテンツそのものが、若年層にとって身近ではない存在になっている。この想定外の実態が、その後のクリエイティブの方向性にそのまま反映されていきます。

学生が辿り着いた、2つのコピー

最終的に掲出されたのは、2篇のコピーです。

「今日起きたことも知らないやつが、未来を創れるわけがない。」篇。読売新聞の記事をコラージュしたビジュアル

ひとつは「今日起きたことも知らないやつが、未来を創れるわけがない。」篇。読売新聞の実際の記事を素材にしたコラージュビジュアルで、学生たちは「知っているようで説明できない」ニュースをあえて選んだそうです。政治・国際情勢など、見たことはあるが内容を語れない題材を集め、見る側に焦りと気づきを促すつくりです。

「紙にするって、覚悟がいる。」篇。背景には読売新聞社が提供した輪転機の写真が用いられた

 もうひとつが「紙にするって、覚悟がいる。」篇。背景には、読売新聞社が提供した輪転機の写真が使われています。紙に刷ってしまえば、後から書き換えることはできない——その不可逆性こそが、新聞という媒体の信頼の根拠ではないか、と訴える構成です。
 このコピーは、小谷氏も気づかなかった切り口だったと振り返ります。広告会社のクリエイターとはまた異なる、学生ならではの視点だったのではないでしょうか。新聞の信頼性を「言葉で主張する」のではなく、「制作プロセスの不可逆性で示す」。そのアイデアは、社内の視点ではなく、外側にいた学生たちが新聞と2か月間向き合ったからこそ生まれたものといえます。

なぜ「駅ポスター」だったのか?

 発表の場として駅ポスターが選ばれた背景には、いくつかの判断が重なっています。
 ポスターは別途早稲田大学内にも掲出されることが決まっていたため、駅ポスターは学外からも届く動線を補完する役割を担いました。掲出時期を3月23〜31日に設定したのは、新生活が始まる直前であること、そして春休み中でも早稲田の学生は就活の情報収集などで大学に通っているという、学生自身の意見を反映しています。

 媒体選定では、他大学の最寄り駅も検討されましたが、今回早稲田大学広告研究会との共創プロジェクトであることから早稲田駅・高田馬場駅に集中させる判断となりました。マスメディアではターゲットを絞り込みにくいのに対し、交通広告はエリアと期間をピンポイントに設定できます。そこが、マスとの違いとして大きく評価されました。

 Web広告や動画広告のようなデジタル広告も選択肢として挙がりましたが、最終的にはグラフィックを「物として残す」ことが優先されました。新聞という紙メディアの価値を紙のポスターとして街で展開すること自体が、「紙にする」というクリエイティブの主張と地続きになっているのも面白いところです。

駅ポスターは東京メトロ早稲田駅・JR高田馬場駅・東京メトロ高田馬場駅の3駅に掲出された

学生との共創ならではの反響

 掲出後の反響は、複数の方向から得られています。早稲田大学広告研究会のXアカウントは学生コミュニティへの発信力が強く、2篇のクリエイティブは投稿後に大きく拡散されました。新聞協会など業界団体でも本企画は取り上げられています。

 社内でも、新聞購読の推進を担う販売局から、問い合わせや相談があったそうです。
他大学・他エリアへの展開について、小谷氏は「可能性を探る」段階だと話します。2か月程度の新聞体験と半年の制作プロセスを担いきれる学生サークル・団体がどれだけあるかを見極める必要があるためです。

“形”ある発表の場としての駅メディアの可能性

 今回の事例から読み取れるのは、おおよそ次の3点ではないでしょうか。

 ひとつは、ターゲット自身に制作を委ねることの威力です。広告のターゲットに、見る側ではなく作る側に回ってもらうことで、当事者でなければ出てこない課題感や問いかけが、そのまま広告のコピーに残ります。「紙にするって、覚悟がいる。」という発見は、その典型と言えるでしょう。
 もうひとつは、データ検証を制作プロセスに組み込む発想です。早稲田祭でのアンケートのような実地検証を挟むことで、コピーは思いつきの域を出て、事実に裏打ちされた発見の上に組み立てられます。「ニュースを見ない」という事実の発見が、最終クリエイティブにそのまま跳ね返っているのが分かります。

 そして最後に、OOHの、特に駅という日常空間をプロジェクトの発表の場と捉える視点です。自分から情報を取りに行かない若者にこそ、日常の動線上で意図せず目に入るメディアの価値が活かされます。
 新聞をPRするために、新聞ではなく駅空間を使う。新聞社自身によるこの選択は、紙という媒体の信頼性を、新聞紙面の外側で示してみせた事例といえるのではないでしょうか。

このコラムの著者

株式会社unerry メディアサービス Manager/Oh! OOH!! 管理人 平井健一郎

広告代理店で交通広告の企画営業や新規事業開発、パブリックアートの普及振興を経験後、JR東日本グループにてOOHビジネスのDX推進に従事。2023年6月より現職にてリアル行動データを活かした街のメディア開発に携わる。交通広告グランプリ、Metro Ad Creative Awardなど受賞。「Oh! OOH!!」 では、街ナカで見かけた広告の事例を発信中。